藁馬(わらうま)
(写真: 3枚)
(写真: 3枚)

制作年代
1960年代か
制作
鳥取県米子市両三柳在住の男性
寸法
高さ15.5㎝、鼻先から尾まで26㎝
紹介
この藁馬は、鳥取県西部のサイノカミの供えものとして作られました。かつての伯耆国の西部に当たるこの地域では、「サイノカミ」「サエノカミ」信仰が盛んでした。漢字では「幸神」「妻神」「塞神」と書き、「塞」(=ふさぐ)はその文字通り、外界から悪霊・悪疫などの災いが入らないように、その区域を守る意味を持ちます。また、「道祖神」とも呼ばれ、男女の姿を浮き彫り、あるいは線刻にした石像、また自然石が、集落の境界や道の分岐点にある巨岩や巨木などの側に置かれます。
サイノカミには巨大な草履や性器を模した藁細工、そして藁馬を供える地域もあり、草履などはその大きさによって悪霊を威圧し、馬は境界の内側にあるケガレや災いをその背に乗せて送り出すため、と見立てられています。
鳥取県西部では、悪霊退散のみならず、良縁や子宝、豊穣への願いを叶えてもらう神様としても信仰されており、男児が生まれたお礼として藁馬を供えた地域もあります。これらの藁馬作りは地元の男性たちが担い、多くは成猫から中型犬ほどのサイズが作られましたが、地域によっては子猫くらいのサイズのもの、ポニーのように人がまたがれるほど巨大なものもあります。
今回紹介する藁馬は、全長26㎝と小ぶりなサイズながら、牡馬の印も含め、丁寧に編み込まれ、数十年を経てもほどける様子はありません。この作り手の居住地だった米子市両三柳にあるサイノカミは「妻神」と呼ばれ、かつては藁馬と藁苞が供えられ、藩政期の下三柳村を守ってきたといいます。
ひとこと
鳥取県西部、大山町所子地区のサイノカミは、毎年12月14日の深夜にお参りし、供え物を新しくするそうです。筆者が訪れた2025年11月には、朽ちかけた注連縄と大きな藁草履、2頭の藁馬が、まもなく1年の役目を終えようとしていました。傍らの新しい石碑にはQRコードが掲示され、長く続けられた信仰の営みを未来に遺す取り組みを目にしました。

展示場所
3階ギャラリー童夢(2026年2月15日まで)
参考文献、Webサイト
- 『石に刻まれた祈り2』 笹尾千恵子編 米子市立山陰歴史館 2018年
- 『伯耆道祖神信仰の原像をさぐる』淀江町中央公民館歴史クラブ編 淀江中央公民館歴史クラブ 1977年
- 『塞神考 因伯のサイノカミと各地の道祖神』森納著 1991年
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