🎂5月24日は田村虎蔵の誕生日🎂

 今日5月24日は、「金太郎」「花咲爺」「一寸法師」「大黒様」などの唱歌を作曲した田村虎蔵(1873~1943)の誕生日です。田村は現在の鳥取県岩美町に生まれ、蒲生小学校、鳥取高等小学校(現・鳥取市立久松小学校)へ通い、明治25年(1892)鳥取県尋常師範学校(現・鳥取大学)を卒業しました。その後、東京音楽学校へ入学し、オルガンなどを学びます。卒業後は兵庫県尋常師範学校助教諭や、東京高等師範学校附属小学校訓導、東京音楽学校助教授などを歴任しました。

 田村は小学校で教える中で、当時の教材が美文調で難解な歌詞の曲であることに疑問を感じました。そして当時の同僚 石原和三郎(群馬県みどり市出身・1865~1922)と、“子どもの歌は子どもの言葉で、旋律も歌いやすい音域で歌って楽しくなるようなものであるべき”と意気投合、言文一致唱歌を作りました。試しに児童に歌わせてみると、児童はこれらの歌を生き生きと歌ったといいます。こうして「金太郎」「花咲爺」など、今も歌われる名曲が誕生しました。

 田村は言文一致唱歌だけでなく、全国各地120校以上の校歌も手掛けています。わらべ館から徒歩5分ほどの鳥取市立遷喬小学校の校歌も、田村虎蔵作曲です。昭和10年(1935)の制定以来、80年以上にわたって歌い継いでいます。6年前の生誕140年記念特別展では、開会式典で4年生の児童が校歌を披露してくれました♪

 作曲面だけでなく、田村は大正11年(1922)には文部省に命じられ、アメリカやカナダ、イギリスなど17か国へ赴き、約1年半、音楽視察を行い、帰国後は児童の発声方法の改善や鑑賞教育の推進も行うなど、音楽教育者としても活躍しました。田村が欧米視察で使用したトランクや撮影した写真、洋行の様子を記した日誌も当館に遺っています。

(田村虎蔵の洋行アルバムより 凱旋門、エッフェル塔など)


 昭和18年(1943)に亡くなるまで、全国各地で唱歌講習会を行うなど、わが国の音楽教育の発展に尽力しました。

 出身地の岩美町には生誕の地の碑や「はなさかじじい」の歌碑が、鳥取市には「大黒さま」の歌碑やモニュメント、作品のタイトルと絵が描かれた板の並ぶ“ふるさとの歌の道”、そしてわらべ館のからくり時計など田村虎蔵と出会える場所が多くあります。ぜひ散策されてはいかがでしょうか。                                   (H.S)